明治時代のセックスマニュアル『女閨訓抄』
連載の最後に、江戸から下った明治のセックスマニュアル『女閨訓抄』（じょけいくんしょう）を見てみましょう。
著者は江木欣欣（えぎきんきん）女史。愛媛県令（県知事）の家に生まれながら、美貌を生かして新橋の芸者となり、後に十九歳年上の法律学者と結婚して、社交界にその才気煥発ぶりをうたわれた才女でした。
「良妻賢母」のためのセックス
「幾何（いくばく）の女史修身の書ありて、千万の言を連ねて婦道を教え、婦徳を説くとも、云ふ所、閨房の事に及ばざれば、仏作りて魂を入れざるの類にて、何の修身清化（せいか）か之あるべき」
どれほど女性に妻たるべき道徳を説いても、セックスの事に触れていないのであれば、何の効果もない。
序文にこう記した通り、セックスはあくまでも、「良妻賢母の道」を極めるためのものとして捉えられています。
そしてこう続くのです。
「凡そ男は早くより交合の楽しみを解するものなれども、女子は然らず（中略）夫の求めに快く応ずる事、これ易きが如くにして難しく、実に女子閨中第一の本分なり」
女性は開発されなければ性感を得られないけれども、それでも夫の求めには快く応ずるべきである、と説いています。
浮気防止のためのセックス！？
「唯夫の求めに快く応ずるのみならず、進んで我より之を求むる時は、大いに男の心を欣ばしむるものなり」
何と、自ら積極的にセックスを求めることも推奨しています。それどころか、このように続けられています。
「無理にも毎夜の如く乗り掛けて、其精液を吸い取り、常に夫の精の臓を空にして置く時は、夫の心に他の女を想う余裕なくなりて、我身のみ可愛（いと）しと思うようになるものなり」
浮気防止のために、毎晩でも自分からセックスを求めよ…と言うのです。女史のご主人は十九歳年上です。ご主人の身が案じられます…。しかし、セックスレスで物足りなさを感じるより幸せな悩みとも言えるのかも知れませんね。
こうして見ると、江戸時代の快楽を求め合うセックスが、「イエ」を維持するためのセックスに変わっていく過程が見て取れるようです。
明治になると、江戸庶民の自由なセックスライフに、武家階級の『貞節』の概念が入って、堅苦しくなってきます。そして次第に、国家が家庭を管理するようになって行き、その傾向は終戦まで続くのです。
江戸時代に生まれた多くのセックステクニックは、このような時代も越えて現在に残るものが多くあります。ご先祖様も楽しんでいたであろうテクニックを、ぜひ取り入れてみてください。
1970年生まれ。1996年より、漫画原作者として活動。2009年、日刊誌連載「日本性史」にて、アダルトライターとして活動開始。
スマートフォンアプリ「セックスの日本史」、女性向けWEBサイト連載「蔦葛物語」「オンナとオトコの日本史／世界史」などの著作がある。
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