
夜の11時半。ようやく家事を終えてべッドに入ると、夫がいびきをかいている。ほんのりと人肌に温まった布団をかぶると「もう、5年もしていない…」と思わず声に出た。
夫に聞こえたのではないかと、瞬間ひやりとして、いびきの音に安堵すると、沈むように眠りに落ちた。
朝、夫を起こさないようにベッドから出る。「疲れてる…?」バスルームの鏡に映る自分は、どこかたるんでいる気がする…。


(スキンケアだけの問題じゃないんだよね、きっと。今の私、満たされてないんだもん…) スタンドミラーに映る自分を直視できずに、私は、そそくさと着替えを終わらせた。
―――数日後の夜。「ねぇ」自分の声よりも近くに、心臓の鼓動が響く。久々に同じタイミングでベッドに入った夫の背中に、手を伸ばす。
「ん?」疲れをにじませて振り返る夫から、私は、思わず手を引っ込めた。(誘っても、拒否されるのかも…。ため息をつかれたり…呆れられたり…)一瞬にして、いくつもの悪い想像がよぎる。<
(声なんて、かけなければよかった…)後悔の念が、燃え上がりそうな温度で、指先に宿った。
でも、このときには、想像できなかった。指先に宿る熱よりもはるかに熱く愛し合うことになるなんて…。

「どうしたの?美香」夫の小さな声が、耳に痛く響く。「あ、ごめん、疲れてるね、正人」
夫よりもはるかに細い声で言葉を返すと、「何か、言いたいんでしょ?」と、暗闇の中、夫が私を見ているのが分かる。
「うん…あのね…」話しても話さなくても、眠れない気分になるのは同じのような気がして、思い切って切り出した。
「エッチしたい」子どもがそろそろ大きくなったから…、5年もしていないし…、夫婦なんだし…。そういう、言い訳にも責め言葉にも聞こえる言葉は、何も口に出さないと、決めていた。
暗闇の中に、夫の小さなため息が落ちた。次の刹那、涙が瞳の奥にこみ上げてくる。

「俺…」かすれた声で、夫は、「俺も、このままじゃ、よくないなって、思ってた」思いがけない、あまりにも意外な言葉だった。「そうなの?」
暗がりの中で夫のほうを向くと、彼の大きな手のひらが私の頬を探り当てる。そして、半分柔らかい、半分は乾いた唇が、私の唇に重なった。私は、5年ぶりの夫の直(じか)の温もりに、感動という言葉が一番しっくりとくる気持ちになっていた。
「一瞬で全部思い出すよ、美香の体の全部…」「うん…」短い私の返事は、少し涙声になっていた。

「で、これ、実は買っておいたんだ。でも、俺から声かける勇気なかった。ごめん…」ベッドサイドのライトをつけると、チェストから何かを取り出しながら、夫はひと息に話した。「リュイール・ホット…っていうんだ」
不思議顔をする私に、「すっごく、熱くなっちゃうんだって、美香が」と、夫は意味深に目を合わせた。
「広げて」たっぷりと全身を愛撫した後、夫は、私の両脚を開く。「恥ずかしい…」脚を閉じようとする私を制して、夫は、少し意地悪な視線を向ける。
「いいから…こうして、塗るんだって…」キラリと光るジェルを乗せた指先を見せた後、夫は、もう一方の手でそっと私の花びらを開くと、その奥に隠れていためしべにそっと触れた。そして、ゆっくりと優しく、円を描くようにめしべを撫でる。
「あぁぁ…」じんわりと、めしべが、不思議な熱を帯びていく。「クリトリス、すごく充血してるよ…トロトロ溢れてきてる」
私の顔と感じている部分とを交互に見ながら、夫は、さらに柔らかく指を馴染ませるように、めしべを愛撫し続けた。

「あぁぁ…ねぇ…ダメ…そんなにしたら…イッちゃう…」シーツにしがみついて、私は、必死でカラダが高まっていくのをこらえる。「いいよ…イク顏、見せて」その言葉に、私のめしべはドクリと暴れて脈打ち、弾けた…。
「美香、すっごくキレイ…」甘い息と共に、溢れる泉に夫が侵入する。「あぁぁ…」夫が入ってきた瞬間から、泉の中は、経験したことのない吸着感で満たされた。
「あぁ…久しぶりの美香の中、すごくあったかい」苦しそうな声と表情で、夫も、快感を高めていく。後ろから、向き合って座って、ベッドの脇に立って…。私たちは、息と汗とを混ぜ合いながら、繋がり続けた。

その後、リュイール・ホットは、ベッドサイドに常備されている。夫が指に魅惑の光を放つジェルを乗せ、クリトリスだけでなく泉の中までたっぷりと愛撫してくれる夜…。
夫自身の先端に快楽へと誘うジェルを光らせ、そのままクリトリスを撫で、こね回し合うように腰をうねらせる夜…。

セックスレスだった5年間、夫は、毎日のように一緒にいながらも、どこか遠いところにいる人のような気がしていた。けれど、体という糸は、お互いを一瞬で引き寄せ合い、重なり合わせる。男と女は、夫婦は、セックスによって、こんなにも近くなることができる。
夫をみるたび、情熱的なシーンが脳裏に浮かび、出会ってから今までで一番、夫を愛しているような気がする。
~第三話・完~


肌の細胞すべてに、体の動きすべてに、心が宿る。 心が宿った肌を合わせれば、幸せが身に沁みる。 愛する幸せ、愛される幸せ、女性としての幸せ、人として生きる幸せ。
いろんな幸せが宿るセックスが、日々、たくさん生まれますように。 …そう祈りながら、小説の執筆をしております。
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