運命の荒波を乗りこなす!「明石の御方(明石の君)」
光源氏は女性関係のトラブルで須磨(現在の兵庫県神戸市)という地域に左遷されてしまいます。その須磨という地域の明石という場所に源氏が滞在するようになってから結ばれた相手が、明石の御方(あかしのおんかた)でした。
身分の差を超えて…

現地の有力者である、明石の入道に娘を紹介された源氏は、さっそく彼女に懸想文(けそうぶみ=ラブレター)を送ります。身分違いにためらう明石の御方に代わって、入道が返事を書くなど、二人の関係は入道中心に進みます。
結局、遠慮する彼女の元に、源氏が半ば強引に押し入ることで、二人は結ばれるのです。結ばれた二人は束の間、穏やかな日々を送りますが、ついに帝から「京に戻るように」とのお達しが源氏のもとにくだります。そこで源氏は、明石の御方に
「うち捨てて 立つも悲しき浦波の 名残いかにと 思ひやるかな」
(あなたを置いて明石の浦を旅立つわたしも悲しい気がしますが 、後に残ったあなたはさぞやどのような気持ちでいられるかお察しします)
と歌を送り、明石の御方も
「年経つる 苫屋(とまや)も荒れて 憂き波の 返る方にや 身をたぐへまし」
(長年住みなれたこの苫屋も、あなた様が立ち去った後は荒れはてて 、つらい思いをしましょうから、いっそ打ち返す波に身を投げてしまおうかしら)
と返歌を返すのでした。
その時には、明石の御方はすでに懐妊しており、明石で源氏の娘である明石の姫君を出産します。後に娘共々上京しますが、明石の御方は源氏の邸宅への同居を彼女なりのプライドで拒むのでした。しかし、明石の姫君を紫の上が養育することとなり、母娘は引き離されてしまいます。
父の願いと娘の意志

明石の入道が、強引なまでに、娘と源氏を接近させたのには理由がありました。彼は娘を高貴な方に嫁がせたいと、常々願っていたのです。その願いは叶いましたが、それは父と娘の別れをも意味していました。
「行く先を はるかに祈る 別れ路に 堪へぬは老いの 涙なりけり」
(姫君の将来がご幸福であれ、と祈る別れに際して、堪えきれないのは老人の涙であるよ)
と涙をこぼした明石の入道でしたが、最終的に、孫の明石の姫君が皇后となるという、望外の幸せを手に入れたのでした。
しかし、明石の御方は父親のロボットだったわけではなく、その身分なりのプライドで、源氏の館に同居することを拒むなど、自分の意志もはっきりと持ち合わせた女性でした。
明石の御方タイプとは?
父親の意向には従いつつも、自分の意志ははっきりと持ち合わせていた「明石の御方」。ある意味現代的な、運命の荒波をうまく乗りこなす女性の理想像が描かれています。例えば、
- 仕事の際、上司の指示通りに動きながらも自分の意見をはっきり伝えられる女性
- 彼の希望が最優先!ではなく、先約や周りの状況を判断して行動を決められる女性
こういったタイプの女性は、「明石の御方」タイプと言えるかもしれません。
彼女のお話は、「運命は、必ずしも思い通りにはならないものだけれどその中でも、嫌なものは嫌といい、受け入れるべきものは積極的に受け入れていく。」ことの大切さを教えてくれています。
両親や彼から、例え自分の意に沿わないことを言われたとしても、頑なに拒み続けるのではなく、受け入れられるところは柔軟に対応する。それが幸せをつかむコツなのかもしれませんね。
※和歌の訳は与謝野晶子による(読点を補いました)

1970年生まれ。1996年より、漫画原作者として活動。2009年、日刊誌連載「日本性史」にて、アダルトライターとして活動開始。
スマートフォンアプリ「セックスの日本史」、女性向けWEBサイト連載「蔦葛物語」「オンナとオトコの日本史/世界史」などの著作がある。