イケてなくても幸福はつかめる!『末摘花』
末摘花(すえつむはな)は、『源氏物語』の中で、最も容姿が整っていない女性として描かれています。しかし彼女は、『源氏物語』の中でも、最も幸福な女性の1人です。
零落した悲劇の姫君の噂


平安時代、姫君は御簾(みす)の中におり、その美醜を知る術は、男性にはありませんでした。「零落した悲劇の姫君がおわす」という噂に心惹かれた光源氏は、彼女の元を訪れます。物陰から聴いた彼女の琴は、「下手ではないが、沁み入るほどの腕前でもない」程度のものでした。
そこに源氏の親友であり、義理の兄でもある、頭中将(とうのちゅうじょう)が現れます。何でも、源氏の恋の相手を知りたくて、尾けてきたとのこと。頭中将も彼女に興味を持ったことを知った源氏は、ライバル心から、ますます彼女に興味を持ちます。
ついに末摘花と対面するも…!?

半ば強引に、末摘花と会う段取りをつけた源氏ですが、障子越しに対面した彼女は、源氏の言葉に返事もしない。とうとう、しびれを切らした源氏は、強引に障子を開けて中に入り、関係を持ちます。しかし、闇の中でのできごとだったので、源氏は彼女の顔を見ることができませんでした。しかも、そのセックスは、あまりよくはなかったのです。
とりあえず礼儀として、末摘花に和歌を贈った源氏でしたが、その返歌は、見るも無惨なもので、手跡(筆跡の意味)もひどいものでした。何度目かの逢瀬のとき、源氏はついに彼女の顔を見るのですが、その様子は想像と異なっていました。作者の紫式部は、この末摘花の見た目をこう描写しています。
「座高が高くやせ細っていて、青白い顔の真ん中の鼻は、象のように大きく垂れ下がり、その先は真っ赤」
さらに紫式部は、彼女の外見のみならず、ファッションセンスがイケていないことについても細かく描写しました。紫式部は微に入り細を穿って、彼女の見た目について長文で描写しているのです。
作者・紫式部からのメッセージ
しかし、ここで彼女から興味を失わないのが、源氏が凡百の女たらしと違うところ。源氏は貧しかった彼女の面倒を十分に見て、貧しい生活から救い出します。末摘花によって、源氏の『この人は俺が幸せにしてあげなきゃ!』という庇護欲がかきたてられたともいえるかもしれません。最終的には、末摘花は源氏の妻の1人として、幸福な晩年を送るのです。
末摘花がそういった幸福な人生を送ることができた最大の理由は、彼女自身が自分に自信を持っていて、堂々と振る舞える女性だったから、といえるでしょう。末摘花は、周囲の人々から外見や内面についてなんと言われようと、自らの容姿をコンプレックスだと思わず、健全な自己肯定をし続けました。その結果、噂を聞きつけた源氏が訪れ、妻として迎えられるという幸福な結末を迎えました。源氏が初めて末摘花を朝の光の下で見るシーンでは、彼女の見た目について長々と書き記した紫式部ですが、最後は彼女に幸福な人生をプレゼントしたのです。
この「末摘花」のエピソードから、紫式部が平安から現代に向かって発した、「自分が抱いているコンプレックスなんて、くだらない!自己肯定して幸せになろう!」というメッセージを読み取ることができますね。もしいま、「自分の容姿やファッションセンスに全然自信を持てない…」という方がいるとしたら、ぜひ末摘花のポジティブさを取り入れてみましょう。「自分自身」を愛し慈しみ明るい気持ちを持つことで、彼女のような素敵な人生が舞い込んでくるかもしれませんよ!

1970年生まれ。1996年より、漫画原作者として活動。2009年、日刊誌連載「日本性史」にて、アダルトライターとして活動開始。
スマートフォンアプリ「セックスの日本史」、女性向けWEBサイト連載「蔦葛物語」「オンナとオトコの日本史/世界史」などの著作がある。