女性の心の空洞につけこんだスキャンダル


江戸時代の大奥には、多いときで三千人以上の奥女中が勤めていました。彼女たちの中で、将軍の「お手がつく」のは多くても十数名。残りは男子禁制の大奥で、厳しい禁欲生活を送っていました。そんな彼女たちの心が解放される唯一の息抜き…それは、寺参りでした。しかし、こともあろうに、その気持ちを悪用する僧侶がいたのです。さて、一体どんな人物だったのでしょうか。
悪のイケメン僧・日道の悪事
江戸時代中期の、谷中・延命院の住職、日道がその代表とされています。歌舞伎役者・初代尾上菊五郎の隠し子という噂もある日道は、たいそうな美貌の持ち主。役者を目指していましたが、その美貌が元で刃傷事件に巻き込まれ、仏道に入ったとされています。しかし、彼がその本性を顕わにするのは、むしろ仏門に入ったあとでした。
延命院は、四代将軍・家綱の安産祈願をしたことから、大奥の崇敬を集めていました。日道はその住職となったのです。 当時の大奥の奥女中たちにとって、寺は日頃のストレスを発散できる場所でした。そこに見惚れるようなイケメンが現れたのです。そして日道は、顔だけでなく声も美しかったとのこと。その美声で、見事な読経と説法を聞かせれば、舞い上がった奥女中を手中に収めるまでに時間はかからなかったようです。
大奥のお手つきなしの女性たちも、女性としての華の時期を恋とも愛とも無縁で過ごすのは寂しいこと。美しい僧に言い寄られたら、確かに浮き足立ってしまうかもしれません…。女性のそんな寂しい心に付け入って罪を犯させるのですから、なんとも非道な行為です。
日道は、奥女中たちを次から次へ、想うが儘にしていきます。お堂に抜け道を作り、よからぬことをするための別室を作っていたとか。そこへ度々、奥女中たちを引き込んでいたそうです。日道の毒牙にかかった女性の数は、何と五十九人!あまりに手をつけすぎたせいで、一人では相手をできなくなった日道は、何と役者を雇って相手をさせていたともいいます。
悪事は隠し通せず、明るみに…

やがて日道と奥女中たちの関係について、噂が流れるようになります。しかし、大奥と深いつながりのある延命院を取り調べるには、確かな証拠が必要でした。その時、寺社奉行・脇坂安菫の家臣の妹が、自ら囮捜査を買って出ます。
捜査当日、延命院に参詣に訪れた彼女にも、いつもの通り手を出した日道。囮捜査中の彼女は、日道が油断したところで、恋文などの確かな証拠を多数抑えたのです。これらの動かぬ証拠を元に、脇坂は延命院の手入れを行い、日道は逮捕。二ヶ月後には死罪になりました。
一方の日道にそそのかされた奥女中たちですが、本来なら関係を持った全員が処罰されるはずのところ、実際に処罰されたのはわずか六人でした。その理由は未だ明らかになっていません。
そして正義のためとはいえ、武家の娘でありながら、己が貞操を犠牲にした脇坂安菫の家臣の妹。彼女のおかげで、それ以降罪を重ねる人が増えなかったともいえます。彼女の志の尊さに、敬意を抱かずにはおられませんね。
愛を求めつつも与えられない大奥の女性たちの心の空洞につけこみ、自分の好き勝手をする、あまりにひどい日道のスキャンダル。けっして許されることのない事件といえるでしょう!
1970年生まれ。1996年より、漫画原作者として活動。2009年、日刊誌連載「日本性史」にて、アダルトライターとして活動開始。
スマートフォンアプリ「セックスの日本史」、女性向けWEBサイト連載「蔦葛物語」「オンナとオトコの日本史/世界史」などの著作がある。